


梅樹文壺
飯能焼は天保年間(1830~1843)年から明治20(1887)年まで現在の飯能市八幡町(当時の真能寺村原)でやかれていた陶器です。一般的な特徴としては黄褐色、緑褐色の素地に白絵土で絵付けを施したもので、皿、徳利、行平、火入などが生産されていました。
地元だけでなく、江戸(東京)にもこれを卸していたようで、実際東京都区内では新宿区内藤町遺跡や四ッ谷三丁目遺跡など飯能焼が出土している発掘事例が見受けられます。
この民芸調の渋い味わいをもつ飯能焼に惹かれ、現在飯能市内には数人の現代陶工が創作に励んでおり、飯能を代表する作品になりつつあります。



永文徳利 火爛徳利 瓢文徳利
飯能市郷土館
飯能市大字飯能258-1 TEL(042)972-1414
常設展示室に5点常時展示。
その他ミニ展「双木本家飯能焼コレクション」を定期的に開催しています。
川越歴史博物館
川越市久保町11-8 TEL(049)226-0766
飯能焼を常設で展示しています。
草葉文水注
浅見 徳男「飯能焼陶工の系譜」
(「埼玉地方史」9 1980)内藤 勝男・益井邦夫「南関東のやきもの」
(「日本やきもの集成」1 平凡社 1982)
双木 利夫「まぼろしの飯能焼」 1988